21世紀初頭における日本の医療制度の方向

岐阜県医師会報 平成13年1月号 しょうてん

 いよいよ21世紀の幕が開いた。今世紀初頭の医療制度の方向を考えるにあたり、日本の過去の医療制度を振り返ってみよう。
我が国では20世紀後半に国民皆保険制をとり、自由開業制と病・医院に対するフリーアクセスが大きな特徴とされている。社会保障に対する理念自体は、 1960年代の国民皆保険導入当時と比較すればかなり変わってきたといわれている。1970年代において高齢者を優遇したのは、彼らの未受診に対する反省や社会保障の充実が叫ばれたからという記載1)を読んだ。しかし、2000年の『厚生白書』2)は、高齢者を必ずしも経済的・社会的弱者ではないと位置づけた。この間、池上等1)によれば、日本の医療は基本的に国による統制と、日本人によるバランス感覚で進歩発展してきた。

 世界的に、社会保障制度に関しては3つのグループに分けられるそうだ。イギリスは国の税金を主体とする「普遍主義モデル」、ドイツ、フランスは社会保険を中心とする「社会保険モデル」と言われている。一方、アメリカは市場および個人主義を柱とし、自助を重視する「市場重視モデル」であるものの、国民皆保険を達成していない。日本は相互扶助を中心とする「社会保険モデル」型から出発し、「普遍主義モデル」の要素を取り入れ、21世紀を迎え転換点にきたと言われている。3) 日本をはじめ世界各国の医療における共通の課題の一つは、医療費の増加と言われている。1999年度の我が国の国民医療費は、初めて30兆円を越える見通しで、老人医療費は全体の4割強に当たる11兆円と報道された。2000年9月には65歳以上が2190万人という未曾有の急速な高齢化に伴い、高齢者医療費の増加が大きな問題とされている。

 この原稿を執筆している最中、医療保険制度改正関連法案が2000年11月2日衆議院にて可決、参議院に送付されたと複数の新聞が報道した。高齢者医療費の患者負担を外来、入院とも定額制から上限付き1割負担の定率制に変更し、負担において高齢者に譲歩を求めるという内容である。2001年1月1日から施行される見通し、とのことであるが、この原稿が読まれるときにはどうなっているであろう。

 確かに、戦後の右肩上がりの日本経済は大きく変化し、いわゆるバブル崩壊後不況から脱出することは容易ではなく、現役世代との負担の調整が必要かもしれない。米国及び日本は高齢者のために独自の制度をもっているが、多くのOECD加盟国においては、高齢者の医療費も一般国民の医療費と同じ方式で財源調達されている、ということを今回私は改めて知った4)。また、『厚生白書』2)による健康づくりと高齢者の医療費を読むと、基本検査等の事業実施が多く健康教育に熱心な地域ほど老人医療費が少ないことを学んだ。しかし、1995年の国民医療費の国民所得に対する割合は7.1%であり、1999年のそれは 8.0%と見込まれ2)、必ずしも過分とは思われない。OECD諸国の中で、1997年における日本の国民医療費7.2%は第20位であり、日本は英国等とともに、所得の割に医療費の水準はそれほど高くはないといわれている4)。一方、昨年の秋に「依然として社会的入院が多く医療費増大の要因となり、医療・福祉の連携、効率化と家族、社会的受け皿の整備が必要」との新聞記事を読み、私自身考えさせられた。

 社会的受け皿ということに関して、私は昨年の夏に次のような症例を経験した。症例は生活保護受給の69歳の男性糖尿病患者であった。数年前、小生の医院が最も近いということで通院治療の依頼を行政から受けた。本人は妻と死別し、借家で一人住まいのため、食事の取り方やバランス等は良好とは思われなかった。経口剤に加えインスリン注射にも拘わらず、血糖値は絶えず200から300mg台とコントロール不良が続いた。昨年のお盆過ぎには脱水と栄養失調状態から意識障害をきたし、一旦近所の病院に入院したが、痴呆もみられたためすぐに退院となった。近所の人は見るに見かねて行政の担当者に相談したらしいが、らちがあかずに通院先の小生に対応を依頼しに来た。電話で担当者に確認すると「当方にすべてを任せる」との返答であった。隣人は「今日とにかく見て欲しい」と言い、状態を把握するために往診した。本人は何日も着のみ着のままの服を着て、自分がどこに住んでいるかもわからない状態であった。全身衰弱を伴い身の回りのこともできないため、私は入院を必要と考えた。入院の交渉をした3つの病院のなかで、1つめの病院からは「満床のため」と断られ、2つめのそれからは「痴呆患者は他の患者に迷惑」と断られ、結局3つめの精神科病院にやっと入院できた。入院1週間後の診察時においては、便を平気で衣服に付け、痴呆(HDS−R10点)が急速に進行していた。近代の病院は、「行くところのない労働者を収容するという福祉機能を通じて誕生した。」という記載5)を思い出した。

 21世紀における我が国の医療の方向を考える基本姿勢として、上述の点を踏まえ私は以下の4点を主張する。1)国民皆保険制を従来通り堅持し、普遍的な医療はあまねく受けられることが望まれる。2)我が国における国民医療費は、国民所得比率からみて国際的に必ずしも過分とは言えない。3)自助、自立の考えから健康な高齢者を増やすことは望ましく、従来の治療に加え、予防や健康教育にも重点をおくべきと考えられる。4)前述のような健康を損ねた社会生活困難な人に対しては、医療・福祉さらには介護が連携できる体制を整えることが必要と考えられる。

 昨年、『2015年医療のグランドデザイン』6)を日本医師会が発表した。すでに読まれた方は多いと思うが、この中で「1)公的医療保険の役割、2)自立投資の概念、3)民間保険の活用への道」は注目される。「普遍性のある診断、治療はあまねく公的保険でカバーし、遺伝子治療、臓器移植等の先端医療技術や、不妊治療等における生殖補助医療等の選択性の強い部分については自立投資財源で賄うという考え方である。」高齢者医療に関して日本医師会が唱えている「独立案」は、保険者を都道府県とする75歳以上の高齢者保険制度である。公費中心で、患者窓口負担は定額制であるが、巨額の公費が必要とされる。一方、支払い側が唱える「突き抜け案」は現役世代の負担が継続される短所がある。いずれにせよ、21世紀初頭の医療制度の方向については益々幅広い議論が必要であろう。

引用・参考文献

  1. 1)池上直己,JCキャンベル:『日本の医療』 中公新書,1996.
  2. 2)厚生省監修 『平成12年版 厚生白書』 ぎょうせい,2000.
  3. 3)広井良典:「日本における社会保障の課題」 『日医雑誌』124: 221-224, 2000.
  4. 4)尾形裕也:『21世紀の医療改革と病院経営』 日本医療企画,2000.
  5. 5)多田羅浩三:「医療福祉の概念」日本医師会『医療の基本ABC』228-231, 2000.
  6. 6)日本医師会:『2015年医療のグランドデザイン』 2000.  K.K